モミジは夏の暑さを乗り越え無事に生き抜いた。葉達が紅く染まり始めようとする意志を見せている。朝、濡れ縁に座って秋晴れの陽の下のモミジの一葉一葉を見つめ渡していると、過酷な夏を乗り越えた誇らしさを訴えている一枚一枚を感じる。葉の底にはこの秋、真っ赤に紅葉する準備が整った気配がうかがえる。が、表に色はまだ染め出てはいない。
山査子、くろもじ、木斛(もっこく)、枝垂桜、文の木、河津桜、月桂樹、金木犀、山茶花、椿、松、梅、夏椿、さるすべり、紫式部、つつじ。庭を占めるこれらの樹もそれぞれが季節の移り変わりの準備を、人に識られない様に、毎日少しずつ密かに、しかし確実に進めている。耳を澄ませ息を殺して五感を研ぎ澄ませば全ての樹が別々の独特の言いぐさで季節の移り変わりの感嘆をぶつぶつつぶやいてくれている。
そのつぶやきが交じり合い響き合い大きな渦となり、波紋が収まる様にその内その響きの中から一筋の言葉が現れてくる様な気がする。それらは言おうとして言えなかった私のたくさんの言葉かも知れない。又、聞こうとして聞けなかった彼の人の言葉である様にも思えてくる。
淡い芙蓉をすかす陽ざしの中に迷い込む幻覚へと身をゆだねる秋の晴れた朝の心地よさ。
都忘れの控えめな紫が今朝はとりわけ美しい。