真夏の朝、5時過ぎに起きて草刈りに出かける。
我が家を出て坂道を登り、更に棚田の連なる傾斜地の間の一本道をどんどん登っていく。途中、蒲の沼があったり、大きな枇杷の木をくぐったり、杏の木を通り過ぎたりすると、渋柿が一本。その近くの芭蕉はこの時期大きな枝にバナナ状の実をたわわに付けている。15分も息を切らして登っていくと1000坪以上はあろう斜面の休耕田は一面の葛の海と言いたくなる位、葛が激しく成長している。登っていく周囲は、一つ一つは名が付いているだろう何十種類もの植物の群れ、雑草群に埋め尽くされている。 やっと我が家の果樹園に着く。果樹園と言っても今はミカン3本、ブドウ、杏、柿、枇杷を植えたばかり。4~5年先には収穫できるだろう。見下ろすと瀬戸の島々と海が邪魔するものなく一望に見渡せる。
大きく息をしたくなる。朝ぐもりの乳白色の瀬戸の海は少し桃色がかって、小さな漁船が一、二艘。まだ全てが眠っている世界が眼下に拡がる。この世界一帯から何かが秘かに聴こえてくる様な気がしてきた。振り向いてみた。何か聴こえる。耳だけではとらえられない。体全体で聴くとどうにか聞こえるかも知れない微かさ。何だろう?
それは一面に棲息する植物の息する音かも知れない。気が付いたが、植物はそのものからは音は発しない。しかし、朝5時、全てが眠っている自然の中で植物の吐息だけが聴こえてくる気がした。植物の息づかいはこんな音をたてるのだ! 幸せな息づかいだ。 と、トンボが今起きたばかりの一匹。飛んできた。昆虫の荒々しい、激しい息づかいが、朝靄の中で響く。
草刈機のエンジンを廻す。哺乳類で特別進化した人類のけたたましい音が鳴り響く。私の草刈りが始まる。しかし、今朝の一帯を支配した植物の吐息は忘れられない。